大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和28年(ワ)10005号 判決 1957年2月27日

原告 株式会社東華洋行

被告 大王製紙株式会社

主文

被告は、原告に対し金五百万円及びこれに対する昭和二十八年十二月十一日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金百万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

原告は、被告の振出しにかかる別紙目録記載の約束手形四通(以下「本件約束手形」ともいう。)の所持人であるところ、被告から右目録記載(一)の約束手形につき手形金百五十万円のうち百万円の支払を受けたのみであるのでその残額五十万円と同目録記載(二)ないし(四)の各約束手形の手形金との合計五百万円並びにこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和二十八年十二月十一日以降右金員完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

被告の抗弁に対し、

(一)  本件約束手形が訴外篠永倫の偽造にかかるものであるとの被告の主張を否認する。即ち、被告会社取締役であつた訴外篠永倫は昭和二十六年七月被告会社東京出張所長に任命され、同出張所の業務たる東京方面における被告会社の製品の販売、資材原料の購入等を主宰するにいたつた。したがつて、訴外篠永は、当然被告会社東京出張所の前記営業に関し、被告会社を代理して金銭の出納、手形の振出等をなす権限を有したのであるが、被告会社はとくに右訴外人に対し、資材、原料の購入のために約束手形を振出す権限を授与するとともに、その振出名義は同訴外人とせず、「大王製紙株式会社東京出張所常務取締役井川達二」名義をもつてすべきことを指示し、上記の名判及び井川達二の印鑑を訴外篠永に保管させた。本件約束手形は、右訴外人が各その振出日に被告会社東京出張所の営業に附随し、同会社の指示による振出名義をもつて振出したものである。

(二)  仮りに、訴外篠永が被告会社より授与された代理権を踰越し、あるいは代理権消滅後に本件約束手形を振出したものとしても、原告会社代表取締役葛良修は、訴外篠永に被告を代理して本件約束手形を振出す権限ありと信じてその交付を受けたのであり、かく信ずるについては正当の事由があつたのであり、また代理権の消滅についても善意であつたから、被告は本件約束手形の振出人としての責を免れることができない。

(三)(1)  振出しの当時本件約束手形に振出日が記載されていなかつたことは認める。しかし、被告は別紙目録記載(三)、(四)の約束手形については原告に対し、また同目録記載(一)、(二)の約束手形については訴外荒雄嶽鉱業株式会社に対し、それぞれ現実の振出日をその振出日として記入する権限を与えたのであり、原告は訴外荒川雄嶽鉱業株式会社から前記(一)、(二)の約束手形の裏書譲渡を受けた際その補充権をもあわせて譲受けたのであつて、本件約束手形四通全部について昭和二十九年四月二十七日各その振出日の記載を補充した。

(2)  訴外井川達二が昭和二十七年十二月三十日被告会社の代表取締役を辞任し、昭和二十八年一月十二日その旨の登記が経由されたことは、認める。

と述べ、

立証として、甲第一号証の一ないし五、第二号証、第三号証の一ないし四、第四号証、第五、六号証の各一、二、第七号証を提出し、証人篠永倫、小口静夫、日野原節三の各証言を援用し、乙第七号証の一、二、の成立は不知、その他の乙号各証の成立を認めると述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、

原告がその主張の如き約束手形四通を所持することは認めるが、被告が別紙目録記載(一)の約束手形の手形金内金として百万円を原告に支払つたとの点は否認する。と述べ、

抗弁として、

(一)  本件約束手形四通は、被告会社の取締役(代表権なし。)にして、被告会社東京出張所長であつた訴外篠永倫が偽造したものであるから、被告がその振出人としての責を負うべきいわれはない。即ち、被告は、昭和二十六年三月被告会社東京出張所長の地位に在つた被告会社代表取締役井川達二が京都に転任した後、訴外篠永倫をその後任として前記出張所長に任命したが、同訴外人に対しては被告を代理して手形を振出すべき権限を与えることなく、前記出張所の業務に関し手形を振出す必要ある場合には、その都度被告会社代表取締役井川伊勢吉また経理部長から、手形の記載要件全部を指示し、かつ、同訴外人に保管させていた「大王製紙株式会社東京出張所常務取締役井川達二」なる名判及び井川達二の印鑑を使用して手形を作成しこれを発行させていた。然るに訴外篠永は、その手中にあつた前記名判及び印鑑を冒用して檀に本件約束手形を偽造したのである。

(二)  仮りに、訴外篠永に被告会社東京出張所の営業に関し被告会社を代理して約束手形を振出す権限ありとするも、本件約束手形は、いずれも訴外篠永が訴外荒雄嶽鉱業株式会社代表取締役志馬寛の甘言に迷い、同訴外会社に金融を得させるため、被告会社東京出張所の営業とは無関係に発行したものであり、原告は右の事情を知つて本件約束手形を取得したものであるから、被告は原告に対し手形金を支払うべき義務はない。

(三)  仮りに、以上の主張が認められないとしても、

(1)  右の約束手形は、いずれも振出日の記載なくして振出されたものであるから、約束手形の記載要件を欠き無効である。現在前記約束手形に記載されている各振出日は、原告が補充権なくして記入したものである。

(2)  右の主張が認められないとしても、本件約束手形は、被告会社の代表取締役井川達二の振出名義となつているが、右井川達二は、昭和二十七年十二月三十日被告会社の代表取締役を辞任し、昭和二十八年一月十二日その旨の登記を経由したから、同日以後の振出しにかかる右訴外人振出名義の本件約束手形は、被告に対し効力を有しない。

と述べ、

立証として、乙第一号証ないし第六号証、第七号証の一、二、第八号証を提出し、証人篠永倫、日野原節三の各証言、被告会社代表者井川伊勢吉本人訊問の結果を援用し、甲第三号証の三、四、第五、六号証の各一、二、の成立は認める、第三号証の一、二、第四号証は原本の存在並びにその成立を認める、第二号証、第七号証は原本の存在並びにその成立は不知、第一号証の一の成立は不知その他の甲号各証の成立は否認すると述べた。

理由

(一)  原告が別紙目録記載の約束手形四通の所有人であることは、当事者間に争いがない。被告は、右の約束手形はいずれも被告会社東京出張所長であつた訴外篠永倫が偽造したものである旨抗争するので、まず右について判断する。

証人井川達二(後記措信しない部分を除く。)同篠永倫の各証言を綜合すると、訴外篠永倫は、昭和二十一年被告会社の取締役となり、ついで昭和二十三年七月被告会社東京出張所勤務を命ぜられ、同出張所長訴外井川達二の下にあつて同出張所の営業に従事していたが、昭和二十六年三月訴外井川が他に転出した後を受けて被告会社東京出張所長に任命され、東京方面における被告会社の製品の販売及び原料、資材の購入等を主たる業務とする前記出張所の営業について被告会社を代理することのできる包括的代理権を被告会社から授与されていた事実並びに前記原料、資材の購入のためには訴外篠永自ら被告会社を代理して手形を振出す権限をとくに被告会社から授与されていた事実を認定することができ、右の認定に反する証人井川達二の証言並びに被告会社代表者井川伊勢吉本人訊問の結果は措信し難く、他に右の認定を妨げる証拠は存在しない。そして、右の認定事実による訴外篠永倫の被告会社における地位、権限は、商法第四十三条にいわゆる番頭、手代その他営業に関する特定の事項の委任を受けた使用人にあたるものと解され、したがつて、同訴外人は、前記認定のごとき特定の授権をまたずとも、被告会社の東京出張所の営業に附随して被告会社のため手形を振出す権限をも当然に有したものと解すべきである。被告は、訴外篠永に前認定のごとき権限ありとするも、本件約束手形は訴外篠永が被告会社東京出張所の営業とは無関係に発行したものであるところ、原告は右の事情を知りながら本件約束手形を取得した旨抗争するか、被告の提出、援用にかかる全証拠によるも被告の右の主張を認めることができず、却つて、原本の存在並びにその成立について争いのない甲第三号証の一、第四号証の各記載、証人小口静夫、篠永倫の証言を綜合すると、原告会社代表取締役葛良修は、本件約束手形はいずれも訴外荒雄嶽鉱業株式会社が被告から硫黄代金として受取つたものであるとの同訴外会社代表取締役志馬寛の言を信じ、同訴外人の希望を入れてこれを割引き、取得するにいたつたことを認めることができるから、被告の前示主張はこれを採用することができない。

(二)  次に、本件約束手形は、振出日の記載がなく、手形要件の記載を欠くから無効であるとの被告の主張について按ずるのに、証人篠永倫の証言によれば、訴外篠永倫は、被告会社を代理して本件約束手形を振出した際、別紙目録記載(一)、(二)の約束手形については訴外荒雄嶽鉱業株式会社に対し、また同目録記載(三)、(四)の約束手形については、右訴外会社代表取締役志馬寛を通じて原告会社に対し、それぞれ現実の振出日を振出日として記入すべき補充権を授与した事実を、また証人小口静夫の証言によれば、原告会社は、訴外荒雄嶽鉱業株式会社から前記(一)、(二)の約束手形の裏書譲渡を受けた際これに伴い前記振出日の補充権をも取得したことを認めるに足り、原告会社代表取締役葛良修が昭和二十九年四月二十七日の本件準備手続期日において前記補充権を行使し、別紙目録記載のとおり本件約束手形につき、各振出日の補充をしたことは、当裁判所に顕著な事実である。してみれば、前記被告の主張もまた排斥を免れない。

(三)  つぎに、被告は、本件約束手形の振出人はいずれも「大王製紙株式会社東京出張所常務取締役井川達二」と表示されているところ、各その振出日当時右訴外人は被告会社の代表取締役ではなかつたから、被告会社は本件約束手形について振出人としての責任がない旨争うので、この点につき判断する。

本件約束手形は、いずれも訴外篠永倫が作成して振出したものであるが、その振出名義は「大王製紙株式会社東京出張所常務取締役井川達二」と表示されていることは前段認定のとおりであり、訴外井川達二が本件約束手形の振出に先立つ昭和二十七年十二月三十日被告会社の代表者たる地位を去り、昭和二十八年一月十二日にはその旨の登記が経由されたことは当事者間に争いがない。そこで訴外篠永があえて前記の振出名義をもつて本件約束手形を振出した経違について考えるのに、証人篠永倫、同井川達二の各証言及び被告会社代表者井川伊勢吉本人訊問の結果(後記認定に反する部分を除く。)を綜合すると、(イ)被告会社常務取締役であつた訴外井川達二は、昭和二十三年被告会社東京出張所長に就任し、昭和二十六年三月その地位を去るまで右出張所の営業を主宰していたが、その間訴外井川は同出張所の営業に附随して手形を振出すについて「大王製紙株式会社東京出張所常務取締役井川達二」なる名判及び井川達二の印鑑を使用してその署名に代えていたこと。(ロ)被告は、昭和二十六年中訴外篠永倫を訴外井川達二の後任として被告会社の東京出張所長に任命した際、訴外篠永倫に対し、同訴外人が被告会社のためその委任事務を処理するについて、手形を振出すに当つては、その振出名義を「篠永倫」とせず、訴外井川達二在任当時と同様、同訴外人が従前使用していた「大王製紙株式会社東京出張所常務取締役井川達二」なる名判及び井川達二の印鑑を使用し、同訴外人の名義をもつて振出すべきことを命じたこと。(ハ)訴外篠永は被告の前記指示を守り訴外井川達二が被告会社の代表取締役を辞任した後もとくに被告会社から前示の撤回がないまま、依然右の方式により被告会社の代理人として約束手形を振出していたことを認定することかでき、右の認定を左右するに足る証拠はない。

そして右の認定事実に証人篠永の証言、被告会社代表者井川伊勢吉本人訊問の結果を綜合すると、被告会社の前示指示の趣旨は、訴外井川の在任当時と同様同訴外人を振出名義人として手形を作成することが被告会社東京出張所における取引のため便利であるとの考えから、訴外篠永をして「被告会社代理人たる井川達二」なる記名押印を被告会社の代理人たる訴外篠永自身を表示するものとして使用させることにあり、また右の指示に従つた訴外篠永の意図も、訴外井川個人の名称を借りて自己の名称に代用し、被告会社の代理人たる右訴外人自身を振出人とする約束手形を振出すことにあつたのであり、被告会社としてもまた訴外篠永としても、被告会社の前示指示に従い訴外篠永が振出した約束手形については、その効果が被告会社に及ぶべきことを意図したものであることを認めることができ、右の認定を覆えすに足る証拠はない。

してみれば、被告は本件約束手形が振出された当時、訴外井川達二が既に被告会社の代表者でなかつたことを理由として本件約束手形の振出人としての責を免れることはできないものと解する。

(四)  以上、認定のとおり被告の抗弁は、いずれもこれを採用しがたく、被告は原告に対し本件約束手形四通の金額を各その満期に支払うべき義務あるものというべきところ、原告は別紙目録記載(一)の約束手形については被告において原告に対し金百万円を支払つたことを自認するので、その残額五十万円と右目録記載(二)ないし(四)の手形金との合計五百万円並びにこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること本件記録上明らかな昭和二十八年十二月十一日以降完済にいたるまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 磯崎良誉 石田実 兼子徹夫)

目録

(一) 約束手形一通

(イ) 振出部分の記載

金額 百五十万円

満期 昭和二十八年五月二十六日

支払地、振出地 東京都台東区

支払場所 株式会社富士銀行坂本支店

振出日 昭和二十八年二月二十日

振出人の表示 大王製紙株式会社東京出張所

常務取締役 井川達二

名宛人 荒雄嶽鉱業株式会社

(ロ) 裏書部分の記載

第一裏書

被裏書人の表示 白地

裏書人 荒雄嶽鉱業株式会社

取締役社長 志馬寛

第二裏書

被裏書人の表示 白地

裏書人 原告会社

取締役社長 葛末尾

第三裏書

被裏書人の表示 白地

裏書人 高木秀男

(二) 約束手形一通

(イ) 振出部分の記載

金額 百五十万円

満期 昭和二十八年五月二十八日

支払地、振出地 東京都台東区

支払場所 株式会社富士銀行坂本支店

振出日 昭和二十八年二月二十六日

振出人の表示 大王製紙株式会社東京出張所

常務取締役 井川達二

名宛人 荒雄嶽鉱業株式会社

(ロ) 裏書部分の記載

第一裏書

被裏書人の表示 白地

裏書人 荒雄嶽鉱業株式会社

取締役社長 志馬寛

(三) 約束手形一通

(イ) 振出部分の記載

金額 百五十万円

満期 昭和二十八年六月四日

支払地、払出地 東京都台東区

支払場所 株式会社千代田銀行雷門支店

振出日 昭和二十八年三月十日

振出人の表示 大王製紙株式会社東京出張所

常務取締役 井川達二

名宛人 原告会社

(ロ) 裏書部分の記載

記載なし。

(四) 約束手形一通

(イ) 振出部分の記載

金額 百五十万円

満期 昭和二十八年六月九日

支払地、振出地 東京都台東区

支払場所 株式会社富士銀行坂本支店

振出日 昭和二十八年三月十一日

振出人の表示 大王製紙株式会社東京出張所

常務取締役 井川達二

名宛人 原告会社

(ロ) 裏書部分の記載

記載なし。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例